挫・人間 blog


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夢にみた世界

もういい加減忘れそうだからスカートの中も解散したし、あのバンドについて書こうと思う。

スカートの中と僕は、僕が閃光ライオットの三次審査にひやかしで遊びに行ったときに出会った。
彼女らは二次審査で落選。でも当時僕らもお世話になっていた人を通じて、紹介されたのだった。

その頃「still flag」というバンド名で活動していて、ドラマーはV系みたいなルックスで、うえぽんさんも髪が腰くらいまであって、ヨリエはさらにデカくて、なっぴはもっと腐女子ぽかった。当時僕はヨリエにとって憧れの人で(というかヨリエは閃光に対しての憧れが凄まじかった)紹介されるなり奇声をあげてデカブツが接近してくるのでかなり恐かった覚えがある。

「あぁ~、どうも~」くらいの温度で返事して一緒に写真を撮った気がする。恐かった。そのときドラマー以外の三人で来てたけどヨリエのせいで全員恐かった。この日帰り際ヨリエはうえぽんに
「下川ってやつたぶんうえぽんに惚れたぜ」
的なことを言っていたらしい。
本当、彼女に何らかの不幸が訪れますように。

それから一ヶ月くらい後に別のバンドの企画で対バンすることになった。
そのとき僕は吉田と、何故かズボンズのドンさんと三人で謎のユニットでライブを行った。

その日のstill flagのライブは、いかつかった。
スカートの中の良さっていうのは、僕は彼女らは頭悪すぎて、普通だったらやれないようなことを無自覚でやってしまうような恐ろしさというものがあると思うのだけど、四人ともオーバーオールの彼女らはそれの塊で、僕が今でもうっすらと覚えているのだけど、
例のデカいやつが金切り声で
「挫・人間は気持ち悪い~!下川くんはお腹ペコペコー!」
みたいな支離滅裂な歌?を歌ってた記憶がある。何故か僕が恥ずかしかった。彼女らは楽しそうで、恐ろしいバンドだ…と思った。

その後なんやかんやあって仲良くなって、よくライブをみにいくようになる。僕、大学一年生の夏である。

ある日still flagのドラマーが脱退することになってしまってstill flagは解散することになる。解散ライブは渋谷のRuby Roomというところで、たまたま僕らと対バンだった。
ドラマーはラストライブなのにサポートで高校のころの軽音部の後輩が叩くという。ずーっとニコニコしてる女の子だった。

今でも覚えている。その日初めて「18階からとんだ女の子」の歌を聴いて、僕はびっくりした。これまでのイメージが覆ってしまった。なんていい曲だ、と思った。すると曲が終わって、
「still flagは解散しました…そして新バンド、スカートの中でーす!よろしくお願いしますー!」と言って「妄想彼氏」を演奏し始めた。
解散から五秒、スカートの中結成と初ライブの瞬間に立ち会ってしまった。

この日からほぼ毎回、欠かすことなくスカートの中のライブをみてた。
結成から三ヶ月くらいでデビューが決定した。しかしその頃はたしかにバンドがメキメキ成長していってて、みてて面白かったんだ。

ここまで書いて面倒くさくなってきた。
とにかく色々あったんだ。
僕が一緒にいてすごく嫌な思いした記憶もあるし、楽しかったこともたくさんあったのです。

ずーっと長いことスカートの中のライブをみてて、どんどん有名になっていく彼女らをみてて僕は嬉しかったのだけど、僕はここ数ヶ月前からライブに行かなくなった。たぶんサーチライト2で出演してもらったあたりが最後かな?単純にサボりすぎた大学のツケが回ってきたのもあるけど、とにかく色んな理由でしばらくライブを見てなかったのである。

そしたらメンバーから、バンド辞めることになったって、スカートの中、解散することになりましたよって感じのメールがきてて、一応びっくりはしたけど、なんだか、あぁ、やっぱりか…という気持ちもあった。しかし残念で、僕がそれを阻止することもできたんじゃないかな、とも思ってしまった。

解散ライブは自分のライブの次の日だった。
レッドクロスが超満員で、ちょっと前まで客が身内しかいなかったのに、愛されてるんだなぁと感心した。そして人酔いした。

スカートの中、一曲目はいつもライブの最後にやる「ばりら」だった。
なんだかもう神聖で、最後の最後に跡形も残さず燃え尽きようとしているバンドのライブをみているんだという感動と、あ、これ最後なんだなって気持ちでなんだか涙がでてきた。

それで「18階から~」の前にMCでデカブツが、
「こんなこと言わない方がいいって、下川ってやつに言われたんですけど、私は本当にずっとこの曲をやるのが嫌で…」
という話を始めた。
ヨリエは、死ぬ側じゃなくて殺す側の人間で、って、会場では笑われてたけど、本当にそうで、いじめられたら殺してやる…ってエネルギーにかえてしまうタイプの人間のヨリエが、こういう人(モデルがいるらしい)の曲をやるのは、嘘だし、すごく嫌だ。と僕はずっと聴いていて、
とはいえ僕はあの曲好きだし、みんなもあれが聴きたいだろうし、曲にされたこも、それじゃ報われないんじゃないの~?くらいに返していたのだった。というかもうそれくらいしか言えなかった。

でもこの日ヨリエは、その女の子が
「いいんだよ」って言ってる気がしたんです。って言ったんだ。
僕はすごく嬉しかった。ヨリエは最後の最後に、自分が生み出したあの曲と、仲直りすることができたんだと思う。許すことができたんだと、僕はそれが嬉しかった。

スカートの中の解散は終わりじゃなくてスタートですとうえぽんが言ってた。僕もそう思う。終わりは終わらせる意思があるときだけのものだ。何も終わりはしないんだろうな。

僕は終演後、打ち上げにも誘われたけど、メンバーに一言声かけたら帰ろうと決めていた。
彼女らはスタートだと言ったし、これからの彼女らに昔の話とかして水をさしたくなかった。あと単純に打ち上げが嫌いなのですごい行きたくなかった。
でもバンドが解散して、四人とはもしかしたらもう会うこともないかもしれないのに、一言だけでいいのか?というのも、そもそも、そんな頻繁にあの四人に会いたくないし!
サヨナラをするときというのは憎しみあっているときだけだと僕は思う。
笑ってサヨナラだなんて残酷じゃないか。サヨナラだけが人生だ。だからサヨナラのときに惜しめば惜しむほど惜しくなるに決まっているのだ。
つらいのにわざわざサヨナラをするのは、前進するためにどうしてもサヨナラしなくちゃいけないときだけだ。
僕は彼女らが言うほどは憎くないし、今後会うかどうかなんてわからないし、別に断ち切らなくても困らないから、ちゃんとしたサヨナラなんておかしいのだ。
おれと君たち、本当に憎しみあえたときはサヨナラしようね。

小田急線にのるために駅に向かっていると衣装の姿のままハダシでヨリエが「のし…のし…」とやってきた。僕は話したくねーってスタイルだったけど、一緒に話しながら駅まで行った。
ヨリエとこのときした話は普段するような話で、特別な内容はなかったので覚えていない。なんか、またライブいくよーとか、今度はこういうバンド組むんだーとか、そんなんだった気がする。普通にライブの感想言って、じゃあまた。と帰った。

あの日スカートの中というバンドがなくなって、僕はクソほどみたバンドだっただけに残念だったけど、YouTubeでいつでもみれるし、たとえ誰からも忘れられても、それはきっと大した問題じゃないと思うし、Twitterにのってた打ち上げの写真とかみてたら、なんだか楽しそうにお酒飲んでるみたいで、これこの場にいたら確実に僕怒って帰って空気悪くしてただろうし、なんにせよスカートの中ってバンドの貴重な解散ライブをみれて楽しかったのでとても良い日だった。
たぶん皆にとっても、解散は残念だっただろうけど、良い日になったんじゃないかなと思う。

ちなみにこの日、通り魔が熊本からこっちに帰ってきてみると、当たり前だけど育てていた花は枯れていたらしい。
超かなしい超かなしいと通り魔は自分を責めていて、僕はアハハと笑っていたのです。
花はいつか枯れる。それはどんなに手を尽くしても避けられないさだめで、枯れてしまうと悲しい。しおれた花を抱きしめて自分を責める。
だけれど花は土に還り、そこに種を蒔けば次はその花は土になって次の花を咲かせる。そうやって花はなんども咲く。咲くたびに枯れる。喜びは永遠じゃないけれど、悲しみも永遠なんかじゃないんだ。色んな花を咲かせて、それは別になんの役にもたたないかもしれないけど、花はとにかく咲く。何度も何度も僕らの手で咲く。サヨナラだけが人生だ。だから僕は花が咲く喜びを花が咲くたびに何度でも全力でかみしめていたいよ。

僕は次の日の朝日が昇るころに思い立って一つサヨナラをした。
女子大通りを朝焼けが照らして僕は目を細める。
苦しむことは多いが悲しむことはないのだ
詩人が歌う。
僕は公園のベンチから立ち去り、家路を急いだ。
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日が暮れても彼女と歩いてた

ワンマンライブ、無事成功しました。
急だったにも関わらず駆けつけてくれた90人の皆様には感謝しかないです。
うれしい。好きです。ありがとう。

75kmの道程を自転車で来たひと、奈良、愛知、新潟、東京、福岡から来たひと、たくさんいてうれしかったです。すごいとしか言えません。僕がね。うへへへへ。
嘘です。

僕は生まれ育ったこの場所で、僕の中・高校生のころのことを知ってる皆様の前でやれたことがとてもうれしかった。

ということでセットリスト載せますね。

1.人類
2.足のない女の子
3.キスキスキス(新曲)
4.休みがとれたら
5.土曜日の俺はちょっと違う
6.うったまがった節(新曲)
7.ちんちん大臣
8.日が暮れても彼女と歩いてた(カバー)
9.ハヤオ
10.そばにいられればいいのに
11.自分ファンクラブ
12.さらば17歳(新曲)
13.猫見に行ったら犬が居た(弾き語りカバー)
14.I can't stop cowper juice.(下川サブカルブス殺し)
15.タマミちゃん
16.ピカデリーナ受精
17.天国
(アンコール)
18.もう四日もしてない
19.BE MY BABY(カバー)

2時間近くやってたんですね。
途中下川サブカルブス殺しにゲスト出演させたり、という最早トラブルという出来事もありつつも楽しくやれました。楽しいライブをしたあとはこんなのはダメだと凹んだりしますけど今回はむしろ気分すらよかったです。

映像とったけど、DVDにしたらみんな買ってくれるかしら。
さらば17歳という曲は、僕が色々考えてこの日のために書き下ろした曲です。

まだまだ色々書くことあるかもしれませんが、またいつかね。おやしみ。

気がふれても彼女と歩いてた

僕は8.4くらいから実家熊本に帰省していた。空港を出ると熊本はクソの香りが充満し、盆地特有の湿気がムワッと僕を包んで、しかしそれでも不快を感じない程僕のこころは弾んでいた。久しぶりのふるさとに帰ってきたということもあれど、なにより今回の帰省で挫・人間のワンマンライブを出来るのが僕はすごく嬉しかったのだ。

実家では五歳になる妹が僕を待っていて、僕の周りをくるくる回りながら楽しそうにしている。新しいオモチャ、新しい友達、新しいダンスの話を僕にして、僕は両親の手前「へぇ」「そうなんだ」くらいにしか返せず、妹の方が大人なんじゃないかと頭を抱えた。

熊本にも友達が何人かいて、そのひとたちはほとんどみんな年上だけど僕にとってとても大切な人たちだった。
僕はそのひと達や、数少ない同世代の友達に、おれは東京でバリバリやっていて、オールオッケーなんだぜというところを見せなくてはならなかったのだ。

髪を切ったり、友達とごはんを食べたり、街の変化に慣れない僕を置いて行くどころかやさしく手をひくようにみんな数年前のように僕を受け入れてくれた。
でも僕はこの熊本という場所に多くのものを置き去りにしてきていて、それが、僕を今でも苦しめ続けていた。僕はその正体がずっとわからずに悩み続けていたけれど数ヶ月前にピンときたのだ。おれはあそこに、17歳のおれを置いてきたのだ。

僕は幼稚園の頃から近所に住んでいるある女の子のことが大好きだった。これが初恋なんだなと、今ではそう思う。
小学校に上がり、中学受験を経て学校が変わってもそのひとのことが好きだった。超デブのくせに、その子と手を繋ぎたいとか、ゲームを一緒にしたいとか、アイス一緒に食べたいとか、こたつに2人で入りたいとか、一匹の猫を飼ってみたいとか、喧嘩したいとか、一緒に年をとっていきたいとか思っていたのである。僕は中学に入学してからその子に会うことはほとんどなくなってしまった。小学生のころのまま、デブで子供な僕を尻目に地元の同級生達は思春期を正しく迎え、いっぱしにグレたり、付き合ったり、ときにはまんぐりがえったりしていたらしい。
僕は残念ながら、思春期を迎えるには心も身体も未熟すぎて、盆栽のようにグニャリと曲がった思春期を迎えてしまった。僕は何も変わらず身長も低いままで、大人になっていく同級生達をみて、「僕がこんな風に君のことを考えているときに、君は僕のことを一秒でも思い出すだろうか。それとも今では大人の恋をして僕を忘れただろうか」と毎晩眠れずにいた。僕はちっとも彼女を忘れることができなくて、それ以外の僕はからっぽだった。

17歳のある日僕はあるひとのことを本当に好きになった。たぶん本気で好きになったのだ。たぶんというのは、「初恋のひとのことを忘れるためにその人のことを好きになったんじゃないのか?」「誰かを好きになることで初恋の彼女のことを忘れようとするなんて、僕の気持ちはそんなものだったのか?」
つまり僕はその人にとても惹かれていた一方、初恋のこのことをまったく忘れられなかったのだ。

でも僕は17歳のあの日、初恋の君のことを忘れたフリをしたのだ。おれは君を忘れたと自分に言い聞かせた。おれは君を忘れないと一歩も前へ進めないし、僕は幸せになれないんだよと、僕に言った。
それから数年、僕はその気持ちを押さえつけて、なんとも華のない生活を送っていた。

でも僕は彼女を忘れることができなかった。それは僕のバンドを始める理由が物語っている。僕は、僕は君に気付かれたかったんだ!!!

僕はその昔初恋のこと、何もなく今後会えるかどうかもわからず疎遠になってしまった。
そのすべては僕がデブでブサイクで人気がなくて、卑怯で臭くて友達がいないからだと思ったのだ。
僕が当時ダントツ女子から人気だった野球部の一平くんのようになれれば、こんなことにはならなかったはずなんだ。しかし一平くんのように速く走れるわけもなく、僕はどうしたらいいか悩んでいたときに僕が出会ったのはTHE BLUE HEARTSやSEX PISTOLSというパンクバンドだった。
彼らは僕の心の柔らかいところを実にわかりやすく、大きな力で突き破った。僕は、これだと思った。
オーケンは学生時代まったくモテなかったが、バンドを始めて有名になるとモテにモテまくったという話を聞いて、僕は思った「バンドをやって有名になれば彼女が僕に気付く。僕は彼女が手が届かないほどの存在になって君ともう一度会うのだ」と。

だから僕の歌はすべて君に捧げるラブソングなんだ。何度も諦めたり、たまにズルしたりしたけど、それでも、それでも僕の歌は君に聴こえないと意味がないから、大声を出す必要があるのだ。

それが当時の僕が考えていたことで、今も、まあそうなのである。
僕はワンマン、その初恋の女の子が来るかもしれないという話を聞いた。
僕はもう、どうしたらいいかわからなくなった。実は前も一度僕のライブをみたことがあるのだけど、その頃はもう色々考え、悩みすぎて、おれは忘れたのだ!と自分を振り切ることにしていた。
しかし僕は自分がどういうつもりでバンドやっているのか気づいた今、君が僕の存在に気づいた今、これ以上バンドをやる必要があるのだろうか?と考えてしまった。
だけど僕は当時17歳のおれを、17歳のおれの無念や後悔や悲しみごと、とどめをさすときがきたのだと思った。
僕は17歳のおれができなかったことを21歳になった今、17歳のおれになってやるのだと思った。
だから、もしどう転んでもこれで今までずっと一緒だった17歳の僕とはサヨナラなのだ。そういう意味でワンマンライブはとても重要なものだったのだ。

どっちに行っても僕の歌はすべて君へのラブソングで、これからも同じ目的で歌い続けるだろうと僕は思っています。

ワンマンライブが終了した今、その気持ちはまったく変わらずにいる。僕にとって忘れられないライブになった。忘れないよ。もう忘れようともしない。忘れてたまるか。だから、どうか君も忘れないで。思い出したりしなくてもいいのだから。
僕はとにかく、君が憂鬱だったりするときはステレオのスイッチを押すだけで君のところへいけるし、いつでもどこにでも会いにいくし、なんだってできるんだ。君が僕に気づいたら、僕は君の思い出として君といられることが、僕はうれしい。何もいらない。他にはいらない。
日が暮れても、気がふれても、それでも続いていくんだ。
だから、17歳の僕はとりあえず熊本に置いていく。だけどいつでもいつまでもそこにいるんだ。

僕はきっと死ぬまで歌い続けるでしょう。死ぬまで歌い続けたら、僕が死んでも誰かがきっと僕の歌を歌ってくれるでしょう。
それと同じで僕も君といられるような気になるんだ。
バカらしいだろうか。笑ってくれたらいい。僕がこんなに面白可笑しく生まれたのは君を笑わせるためだ。

こんなに色々書いたけど、その後何事もなくワンマンは無事成功した。
それでも僕はこんなようなことを考えて演奏したのであって、すごくやってよかったと思っているよ。

ワンマンに来て、僕の勝手な儀式というか、そんなものに付き合ってくださった皆様ありがとうございます。僕のやりたいことと、皆様がみたいものがフィードバックすることほど素晴らしいものはないです。
僕はこれからもここ東京で歌い続けるでしょう。すべての僕みたいな、というかすべての僕にむけて、僕のために。

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